日本のものづくりを支えるために
ひとりの革好きが踏み出した一歩

Leather SommelierSTORY
Vol.24 土屋鞄製造所
原田 大さん

土屋鞄製造所(以下:土屋鞄)のQC(Quality Control=品質管理)チームで働く原田大さん。レザーソムリエ初級を取得する過程で革への理解がさらに深まり、その知識を品質基準の制定などに活かしている。今後、中級へのチャレンジを視野に入れている原田さんに話を伺った。

飽くなき向上心から
レザーソムリエに挑戦

「土屋鞄に入社したいと思った決め手は、当時の弊社のホームページに他社メーカーを紹介するコンテンツがあり、日本のものづくり全体を支えよう、盛り上げようという気概を感じたからです」

学生時代からものづくりへの関心があった原田大さんは、2016年10月、土屋鞄に入社した。配属先は製造チーム。職人として、ランドセルの製造に携わることとなった。

製造チームは分業制で、原田さんはランドセルのパーツづくりや組み立てを担当。日々の仕事で職人としての技術力を高めていったが、革の型抜きや漉きなどの加工をする裁断班とは異なり、革そのものに関する知識を吸収する機会は決して多くなかった。

そんな折、原田さんは社内報でレザーソムリエの存在を知る。当時の土屋鞄は、店舗の販売員に向けて資格取得を奨励していたが、原田さんはその資格に強い興味を抱いた。

「販売員だけではなく、職人にも有益な資格だと感じました。革の基礎知識を体系的に身につける機会として、レザーソムリエの取得はとても適していると思いました」

こうして原田さんは、レザーソムリエのテキストを取り寄せ、資格取得に向けて勉強を始めた。

▲ QCチームにおける品質管理業務は、おもにパソコンで行っている。

視野が広がり、知識の引き出しが増えた

レザーソムリエのテキストを読み始めると、欠けていたパズルのピースが埋まっていくように、仕事をするうえで曖昧だった知識が補完されていった。

「特に勉強になったのは、タンナーにおけるなめしの工程です。作業の流れが頭に入っていると、裁断班から革について説明を受けるときに、血筋やシワが入る原因について、イメージが浮かびやすくなりました」

原田さんがレザーソムリエ初級を受験したのは2022年11月。革素材そのものについて集中して勉強したため、試験本番ではベルトの平均インチ数やケア用品の問題に苦戦したものの、みごと合格を果たした。資格取得後、原田さんは自身の成長を実感しているという。

「仕事をするうえでの視野が広がり、引き出しが増えました。たとえば、さまざまな革についての知識を得たので、この素材を使ったほうがコストも安く抑えられそうとか、そういった視点で製品を見ることができるようになりましたね」

革パーツを手に持ち、会長である土屋國男さんから受けた教えを語る原田さん。
(左)土屋鞄製造所の西新井本店。(右)職人たちは床に座って仕事に取り組む。

徹底した品質管理が「丁寧」の一端を担う

2024年4月、原田さんは新たにつくられた部署であるQC(Quality Control=品質管理)チームに異動した。

「QCチームでは、これまで職人の感覚で良し悪しを決めていた品質について、属人化せずに規格を定めていく取り組みを行っています。たとえば、ミシンの縫い幅や革の折り幅を何ミリまで許容するか決め、製造時にその数値を守ることによってランドセルの品質を維持しています」

これまでも土屋鞄ならではの感覚的なチェック基準はあったが、数値や等級といった規格を設けるのは初めての試みとなる。

もし問題のある製品が見つかった場合は、その状態に沿って、A、B、Cとランクを付け、良品として通せるもの、手直しが必要なもの、出荷できないものに分けてフィードバックする。こうすることで、現場サイドはNGだった製品の何が許容されず、どこを直せばいいのかが理解しやすくなった。

「土屋鞄では『丁寧』という価値観に重きを置いていますが、今までは丁寧の解釈が製造チーム一人ひとりで異なっていました。品質基準が定められたいまは、『この縫い幅がうちの丁寧だよ』と数値ですり合わせられるようになり、ブレが少なくなりました」

このような品質改善の取り組みについて原田さんは、「レザーソムリエの試験勉強で学んだ知識のおかげで、品質管理のやりとりがスムーズになりました」と、笑顔を見せる。

▲ かつて所属していた製造チームのメンバーと品質基準についてミーティング。

職人の感覚と品質基準の遵守が生む「品格」

製品づくりにおける規格の統一を推進する一方、原田さんは、職人ならではの感覚による手仕事の重要性をけっして忘れていない。

「職人の仕事は、製品の品格を探求していくことだと思っています。会長(創業者の土屋國男さん)の教えで、鞄として順反り(じゅんぞり)はふくよかに見え、逆反り(ぎゃくぞり)は貧相な印象を与えるというものがあるのですが、確かにそのとおりなのです。製品の状態が人にどのように見えるのかという感覚的で情緒的な部分と、先ほどの数値的な部分がうまく合わさったときに、土屋鞄ならではの品格が生まれるのではないかと考えています」
QCチームの最重要ミッションは、「MADE IN TSUCHIYA=ツチヤクオリティスタンダード」を確立し、その価値観を世の人々に届けること。原田さんは、品質管理のさらにその先、日本のものづくり産業全体までを見据えている。

「日本のものづくりで顕著になっている傾向だと思うのですが、『丁寧で丈夫』という言葉ではものが売れなくなってきています。丁寧かどうかはつくり手都合の話なので、その本質をきちんと言語化し、お客様に理解していただけるような伝え方に変えていく必要性があると感じています。そうして、職人が存在し続けられる仕組みをつくり、日本でものづくり産業が続くよう、できることをしていきたいです」

▲ 土屋鞄のフラッグシップモデルともいえるヌメ革のランドセル。使い込むごとに色つやが増していく。

革を大切に扱い、長く使えるものを世に出す

そもそも原田さんは、大の革好き。時を経るごとに魅力が増し、自らの生きてきた軌跡が刻まれる革製品、その素材となる革をこよなく愛している。

「革は食肉の副産物、そもそも生きものだったという特殊な素材なので、大前提として、粗末にしてはいけない、キズやシワなどの個体差は、動物からいただいた革だからこその印だ、という思いがあります。一方で、お客様に製品として届けるうえでは品質基準を設けないといけないという葛藤もあって。この葛藤はこのまま持ち続けていくつもりです」

誠実に革と向き合っている思慮深い原田さんだからこそ、革製品を長く使ってほしいという思いは人一倍強い。

「何かをつくり出す以上、長く使えるものを世に出す責任があります。プラス、革製品を扱ううえでは、当社のクラフトクラフツ※で取り組んでいるリメイクやリユースなどは意義ある活動だと思います」

今後は、革をさらに深く理解するべく、レザーソムリエ中級の受験も検討しているという。原田さんの革の探求は、これからも続いていく。

※編集注:土屋鞄のリユース事業

(左)側面のマチなどに文様を型押ししている「HERTE(ヘルテ)」シリーズ。
(右)落ち着いた色味が美しい「RECO(レコ)」シリーズ。
2024.07.29

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